個性という無秩序は原初の混沌であり創造のエネルギーなのです①

ヴゥー…ワンッ!ワンッ!(犬)

今日は色々と思いついて、思いついたことをツイッターに書きました。

でも、ちゃんと記事にまとめたほうが良いなあ、と思ったので記事にします。

本当はきちんと説明にするために図解したいのですが…

とりあえずズラズラと文章かく。

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他者の欠点を観測する現象

他者と親交を深めるにつれ、だんだん欠点が見えてくる現象がありますよね。

仲の良い相手なら、多少の欠点などまるで気にならなかったり、むしろ長所と短所が表裏一体なので、欠点を指摘する気にもなれない場合があります。

また、とてもシンパシーを感じる相手の場合は、相手の欠点が、欠点というより弱点みたいなものに感じられることもあります。

しかし、苦手な相手の場合は、その人の欠点を見るのが本当につらくて、逃げ出したくなったり、攻撃したくなったりします。

この現象は一体なんなのでしょう?

皆さんは欠点の見えない相手と関わったことはありますか?

私は人生で2~3名しか関わったことがありません。

欠点とは自分と異なるエネルギー

人間存在はエネルギーであり、人間の意識も、身体も、エネルギーで出来てきます。

肉と骨で出来ているというのは物質をマクロ視点で見た感想であって、ミクロ視点で観測してみると、全ての物質は原子や電子なんかで出来ているんです。

で、その原子も、陽子と中性子と、素粒子?だったか、とにかく極小のエネルギー要素で構成されているんです。

ですので、物質も、光も、電気も、意識も、本当は全部エネルギーなんです。

人間同士の出会いって、ミクロ視点で言うと、エネルギースポット同士の交流なんですね。

ミクロ視点の科学である量子力学によって、エネルギーは観測されることで具現化する、と発見されています。

観測者がいないエネルギーは、この世に存在しないらしいのです。

我々が他者の欠点を気にしてしまう現象は、欠点と認識されるエネルギーを観測しているためです。

自分が内包するエネルギーは交流する

逆に考えてみましょう。

我々が他者に対して気にしない、あるいは気にならない性格要素は、エネルギーとして観測していないのでしょうか?

私は、それは違うと考えます。

気にならない要素とは、観測しても注目に値しない要素なのだと思います。

自分というエネルギーと同質、あるいは下位互換のような感じで内包されているエネルギーは、何の抵抗もなく交流するのだと思います。

異なる要素のエネルギーは交流できないので、意識の注意を引く。

異なる要素は注目に値するので、エネルギーを観測してしまう。

異なる要素は具現化する。

これが他人の欠点なのです。恐らく。

だから、苦手な相手に遭遇すると、相手の悪い所しか見えなくなるんですね。

でも、自分が気になって仕方がない相手の欠点も、そんなのまるで気にならないよーと言う第三者も存在したりするじゃないですか。

気にならないと言っている第三者は、苦手な相手と同質のエネルギーを内包している訳です。

他者の欠点は自分の意識の対極の要素

ここでミクロ視点からマクロ視点に戻りましょう。

他者の欠点とはどういうものかと整理してみると、まず、相手の性格要素を欠点とみなしているのは自分の意識な訳です。

そして相手は、相手自身の性格要素を、欠点とみなしていないケースがほとんどですね。

いや、もしかしたら欠点と自覚しているのかもしれませんが、それを改めるつもりはない、治したくても治せない、という感じなのかもしれません。

これに加えて、相手の欠点を、欠点とみなしていない第三者もいたりする訳です。

じゃあ相手の欠点を、欠点と認識している、自分の意識とはどういうモノなのでしょう?

これを瞑想するなり何なりして内観してみますと、大抵は、相手の意識の対極となるような要素が、自分の中に発見されます。

例えば、いつも遅刻ばかりする相手が許せない!と、自分が感じていたとしましょう。

なぜ相手の遅刻を許せないのかというと、一般常識として遅刻はいけないことだと教わってきたからです。

一般常識を基準として、自分は相手を許せないと感じている訳ですね。

しかし相手の方は、一般常識が無いか、持ち合わせていても軽んじているので、自分の遅刻を気にしていません。

つまり要点は「遅刻」ではなく「一般常識」です。

一般常識を重んじる意識と、一般常識を軽んじる意識、対極の要素が原因としてあるんです。

もっと正確に言うと、相手が一般常識を軽んじているかどうかは、自分側の推測でしかないので、もしかしたら、自分が勝手に相手の中に、対極の要素を見出しているだけなのかもしれません。

↑これツインソウルでよくある現象ですね!

他者は自分を映す鏡

我々は他者の欠点を通して、自分の意識のバランスの崩れを見ているんです。

は?意識のバランスの崩れ?

一般常識を持ち合わせていることが、バランスを崩しているですってー!?

と、思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

崩しているんです。

上記の例だと、遅刻ばかりする相手を許すのが正解なのです。

一般常識を持ち合わせていても、それを重視せず、むしろあえて軽んじて必要以上に問題視しない。

一般常識に捕らわれない意識が必要なのです。上記の「自分」さんの場合。

なぜそのような意識が正解なのだと言えるのでしょう?

それは、対極のエネルギーを観測しているからです。

対極のエネルギーを観測するという事、それは自分自身の問題なのです。

意識に偏りがあるから、バランスが崩れているから、対極を観測してしまうのです。

そのバランスを取ると、どうなるのか?

本来のバランスに、意識の真中に、戻るのです。

このバランスこそが自分軸なのです。

眠いので寝ます。

続きは明日。

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