ねこです

今日、起床時に朦朧としながらスマホを操作しまして。

気がつくとスマホに下記のブログ様の記事が表示されていました。

今日の霊性 百万回生きた猫

「百万回生きた猫」は何度読んでも泣いてしまいます。

今日も寝起きから泣いてしまいました。

しかしこれ、無意識でこの記事を開いたということは、まあ明らかにツインソウル絡みなんでしょうけど、前の記事で色々あった矢先とあって、これを記事にしていいのやらなんともはや・・・

という訳で性に合わないのですが、言いたいことを明言せずに記事を書きます。

今回、百万回生きた猫を読んで、私が特に気になったのは以下の文章です。


猫は 王様なんか 嫌いでした

猫は 海なんか 嫌いでした

猫はサーカスなんか 嫌いでした



猫は 泥棒なんか 大嫌いでした

猫は お婆さんなんか 大嫌いでした

猫は 子どもなんか 大嫌いでした



あるとき 猫は 誰の 猫でも ありませんでした

のら猫だったのです

猫は 初めて 自分の 猫に なりました

猫は 自分が 大好きでした



猫は 誰よりも 自分が 好きだったのです



猫は 白い猫と 沢山の 子猫を 自分よりも 好きなくらいでした



猫は もう 決して 生き返りませんでした


百万回生きた猫に関して調べると、まあやはり似た様な考えの人は多いですね。

下記のブログ様の考察がとても面白かったです。

徹底考察、100万回生きたねこ | モッケイエンタテイメント

特に腑に落ちたのが以下の文章。


百万回生きたねこは二度と生き返ることができなくなったが、これでよかったのではないだろうか。

もし、これで生き返ったとしても必ずこの白猫や子猫たちのことを思い出してしまい、苦しむことになるだろう。

しかも、それが永久に続くのである。

新しい恋猫もたぶん作ることはできないだろう。

そう考えると、ここでねこを静かに死なせた作者はやさしい人だったと思う。

もし私が作者でまた生まれ変わらせてストーリーを続けさせるとしたら、古文の文章題のオチみたいに出家させるぐらいしか思いつかない。


 

なるほど。苦しみから出家するのですか。

百万一回目の生で輪廻転生を終わりにするため、修行して解脱するのでしょうか。

なんにせよ生まれ変わりは終了な感じですね。

あー、本当に性に合わない記事になってしまいました・・・

ヒント程度にはなりましたでしょうか。

今日はこのへんで。

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