死を望む心です

実生活で色んな変化が平行して起こっているので、ちょっと覚醒実験は取り掛かれていません。

本だけは読み進めております。

「無我の体験」の著者は、キリスト教の教義を用いて覚醒体験を分析しておりまして、覚醒を「死」としています。

これはキリストが十字架に張り付けられた際の死を指しています。

覚醒体験時の、自我のみならずあらゆる感覚の損失は、十字架に張り付けられたキリストの死と同一であると。

なるほど、と思いました。

ツインソウルの別離の際には、身を引き裂かれるような苦痛と、未来に全く希望をもてない衰弱状態に陥ります。

この、死を望む精神状態。

もしやこれが、進化には必要なことなのかもしれません。

再会に希望を募らせる必要などなく、絶望にもだえ全て放棄する姿勢こそが、覚醒を呼ぶのかもしれません。

短いですが今日はこれまでとします。

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