善と悪は紙一重です

日月神示に「悪抱き参らせよ」という教えがあります。

ここ数日・・・というか、もしかしたら数カ月間の体験が、この問題に収束しそうです。

もっと深読みすると、もしかしたら数年かもしれません。

この「悪抱き参らせよ」とは

いくら悪人を殺しても、世の中から悪は消えない。

それどころか誰の心にも悪はあるので、悪は改心させるより他ない。

悪の心を改心させ、悪の心を抱いたまま、真の道を進みなさい。

というもの。

正直、自分の中の悪を改心させるのは、もうほぼ終わったかなと思うのですが、自分の外側の現実にそういう現象が出るということは、自覚できない潜在意識とかに悪が残っているのかもしれません。

ええと、つまり第三者が関係している話なので、あまり詳細に書くわけにいきません。曖昧な話題で申し訳ありません。

さて、悪の改心に重要なのは「愛」であると考えます。

これは世間一般の慈愛ではなく、以前の記事で書きましたバーソロミューの言う「恐怖の対としての愛」です。

なぜ愛が重要であるかという理由ですが、我々が悪とみなす行為の多くはかなり曖昧です。

個人的、主観的な視点から善悪を区別しているよう思えます。

そして善悪の区別の要点は「行為」よりも先に「恐怖の有無」があるよう思えるのです。

ならば逆に愛があれば、悪とみなされる行為もたちどころに善へと変わるやもしれません。

例えば、私が極悪とみなしている現代社会の搾取システムも、人を金で縛り過労で生活をむしばむような恐怖の要素を抜いてしまえば、それは一昔前の社会とあまり変りなく・・・

金もうけが好きな奴は勝手にがんばれよ、みたいな・・・

諸悪の根源といわれる派遣制度なども、恐怖の要素を抜いてしまえば、かつて日本社会の標準だった終身雇用システムの問題点を解決するシステムとして有効に機能しそうです。

日月神示には「悪の改心早い」という言葉もあります。

悪全盛の世であればこそ、改心すれば大善に成り得るわけですから、悪にとっても改心のしがいがありそうですね。

とりとめのない話題でしたが、今日はこのへんで。

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