五次元意識を作るのが重要だなと感じています

久々の更新です。ご無沙汰しております。

今日は近況報告を兼ねて、スワイショウによる浄化の過程で得た悟りを書いてきます。

例によって頭を働かせられない状態ですので、雑然とした文章になります。

読み辛いと思いますが、よろしくお願いします。

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漠然とした感情の浄化

スワイショウで浄化されているのは、具体的な言葉として説明できないような、漠然とした負の感情の蓄積であると体感しています。

例えばEFTによる浄化だと、特定の記憶に結びつく負の感情を解放してやる形となるのですが、この手法だと日々の生活で蓄積されていくような漠然とした負の感情は解放できないのです。

こういったものが浄化されているのだなと感じております。

浄化のサインである「あくび」は、現在のところ3~5分に1回のペースで出ておりました。

スワイショウをはじめてからかなりの日数が経過したというのに、まだ出るのですから、これはもう大変な事ですね。

本当は浄化が一段落してから報告記事を書きたかったのですが、あまりに長いので、またしても中間報告となってしまいました。

浄化と五次元意識

浄化に伴って様々な悟りを得るのですが、これを詳細に報告するのは無意味だなと分かってきました。

いや無意味というか、読者全員に理解してもらえるものではないうえ、共感を得られる可能性はさらに低いだろうな、と分かったのです。

その理由は、アセンション情報においてチャネリング存在が伝えている「五次元意識を作る」というものにあります。

個人の悟り情報なんてものはですね、第三者にとっては、五次元意識をもって判断してみないと理解できないものであると、分かってきたんです。

比較的わかりやすい例を挙げます。

当ブログでは以前からカルマ浄化の重要性を説いておりました。

ですが最近になって、カルマというものは存在しないのかもしれない、という見解を公表したりしています。

これは私自身がカルマ浄化を徹底的に推進し、カルマに対する理解力を深めた結果、カルマというものは過去の体験に由来する誤った思い込みであり、昔々から言われているような前世の因縁や、今世での因果応報が原因という教えとは、少し違うものだという結論に至ったためです。

しかし上記のような理屈を他者に一生懸命説明したとしても、「過去の体験に由来する誤った思い込み」と「今世における因果応報」の違いを正確に理解してもらうのは難しいのではないでしょうか。

実際に浄化を試みてみない事には、両者の違いなど、些細な言葉の違いでしかない。

自己浄化を行ってみれば、この違いが要点であると分かるのですが、文章を読んでいるだけでは分からない。

「過去の体験に由来する誤った思い込み」などというクドクドとした言い回しは、五次元的な視点からの正確な説明なんですね。

五次元的な視点というのは、いわゆるメタフィクション的な視点というやつです。

以下、引用させて頂きます。

メタフィクションは、それが作り話であるということを意図的に(しばしば自己言及的に)読者に気付かせることで、虚構と現実の関係について問題を提示する。

という訳で、私個人の悟りをああだこうだと説明しても、それはごくわずかな読者様の共感しか得られず、一部の方々のヒントになれば上等という、労力に見合わない内容となるのです。

重要なのは、五次元意識を作ることです。

人生はゲームなのか?

五次元意識を作るためのヒントを書きます。

どなた様にも有効となるヒントではないでしょうが、これはわりと面白い内容なので書きますね。

私は以前から、チャネリング存在や、多くの覚者様が仰られる、「人生はゲーム」「三次元は遊び場」「我々は既に完璧」「必要なのは本当の自分を思い出す事だけ」というような言葉に、少なからず疑問を抱いてきました。

その理由はすごく単純で、私が今まで信仰してきた日月神示などの教えと矛盾しているからです。

日月神示をはじめとする神道系の自動書記では、身魂みがきによる精進を第一としています。

そして私自身、実際に身魂みがきで救われておりました。

とは言え日月神示などの教えと、チャネリングなどの情報は、相反するようでいてお互いの教えをお互いが内包しているような内容となっています。

また、両者の橋渡しをするような別情報も存在しています。

で、私は最近、これら二つの情報を納得いく形で統合できたのですが、その鍵となったのは以下の気付きです。

チャネリング存在って、人生はゲームだ、遊びだって言ってるけれど、その割には自殺を推奨していないよね…

お遊びというものは軽々しいからこそ楽しめるものです。

ゲームではリセットも電源オフも可能です。

中断もやり直しも許されている訳です。

人生が本当にお遊びならば、自殺もオッケーなはずです。

しかし、そうではない。それは推奨されていない。

つまり人生とはあくまで「ゲームのようなもの」であって、正真正銘のゲームとは違うのではないでしょうか。

五次元存在から言わせれば「こんなのゲームだよ」という感じなのですが、実際に三次元を生きている我々に言わせれば「これがゲームだなんてとんでもない!」な訳です。

どちらも正しい物の見方なのです。

ただ、とにかく、目線が違う。

ひたすら目線が違う。

五次元存在「人生はゲームだよ!YOU!好きにやっちゃいなよ!」

人間「アッハイ、じゃあ辛いんでゲームやめます」

五次元存在「えっ」

人間「自殺すればゲームも終わりますよね」

五次元存在「あーダメダメ!それはルール違反だよ!」

人間「なんだそりゃ、とんだクソゲーだなおい」

五次元存在「君たちは自分で望んで生まれたんだからね!最後までしっかりゲームをしようね!」

人間「ファック」

あちらとこちらでは、このくらいの意識の差があると思うのです。

だからですね、先に述べたカルマ浄化の件のように、五次元意識の視点では「カルマは無い」が正しいんだけれども、三次元的にはどう考えてもカルマはあるというか、カルマ理論は実に三次元に馴染む、相性抜群な訳なんです。

そういう実情をふまえたうえで真に重要なのは、カルマのあるなしを論ずる事ではなく、カルマ浄化を実践する事なんですね。

これは日月神示でも「理屈は悪ぞ」「頭で考えずに、神の言うこと素直にきいてくだされよ」というようなことをクドクドと説いております。

チャネリング存在の言う「人生はゲーム」「三次元は遊び場」というのも、厳密には言葉通りではなく、遊び半分の軽い気持ちでエンジョイするのがアセンションの必勝法だから、そのように推奨しているのだと感じました。

本当の所はですね、各々の魂の由来によって、地球の人生に参加している目的もバラバラなようなんです。

実際に遊びに来ただけの人もいれば、アセンション目的の人、そのサポートに来ている人、イベントに参加するだけの人、神化のための修行に来ている人などなど、本当に様々な魂がいるようです。

この辺の情報はまた別の話ですので、各自調べてみて下さい。

長々と書きました、今日はこれまでとします。

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