火水伝文と弥勒の世のための洗脳解除です

今日は火水伝文について書きます。

すこし間が空いてしまいましたが、以前に書いた記事の続きになります。

日月神示などの知識がない方には、少し難しい内容かもしれません。

ご注意ください。

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火水伝文を読み進めております

ようやく半分くらいまで読みました。

日月神示と比べると、全体の文章量はかなり短いのですが、内容が区切られていないので、読むのにまとまった時間が必要になるんですね。

そのせいか、なかなか続きを読めずにおりました。

で、今日ひさびさに読み進めた感想は、

火水伝文すごい!

です。

この文書はもっと評価されるべきだと思います。

最後まで読めば、また評価が変わるかもしれませんが、今のところはイチオシです。

こちらのサイト様の記事を拝読させて頂いております。

火と水と真中

前の記事でも書きましたが、火水伝文では、二極の間に真中を立てた「三真釣り」が重要であると、何度も何度も説明が入ります。

今回読んだ部分では、人間存在に対する三真釣りについて書かれておりました。

とりあえず以下の抜粋をご覧ください。

マ十字に組みた真中を中心に、火はヒダリに水はミギリに、それぞれ逆に回らむを、回る力を真釣りして、火立てスクリと結び成し。

万象万物産むところ。尊きカの座すところ、力のお宮と申すなり。

前後の文章がないと理解し辛くなってしまうのですが、この文は下図の解説になります。

縦の線が火(陰)、横の線が水(陽)を表しています。

火水の両極の真中、十字の中心ですね、ここを中心として線が回転します。

火が左回り、水が右回りです。

これによって人間は無限力を発揮するのですね。

ちなみに、これが回転すると、こうなります。

恐らくこれは、日月神示の神マークと同じものだと推測します。

なんだかレオナルド・ダ・ヴィンチのコレに似てますねー。

画像引用元:ミステリーニュースステーション ATLAS 様

そしてこの火水の回転こそが、人間における「鳴門の仕組」なのではないでしょうか。

ちなみに右回りと左回りの意味は、続・日月神示に書いてありました。

以下に抜粋させて頂きます。

全て◎の(渦二つ=必然の働き)の中であることが分かれば否定が無くなる。

昇龍(みきり周りの渦)と降龍(ひたり周りの渦)の働き、法則してある。

二十○二じゃ。二十○二が分からんと九代は使いこなせん。

右回りは昇龍、つまり地から天へ昇る力です。

火水伝文によると、右回りは水、陽の力ですね。

陽は男性エネルギーと言われていますが、昇龍の例えからすると、これは現実的なエネルギーかと思われます。

そして左回りは降龍、天から地へ降りる力です。

火水伝文によると、左回りは火、陰の力ですね。

陰は女性エネルギーと言われていますが、降龍の例えからすると、チャネリングや霊的啓示などの非現実的なエネルギーなのではないでしょうか。

フトマニとクシロ

火水伝文と続・日月神示を合わせて読み解くと、火水の力を真釣り合わせる事で、二十○二(フトマニ)となる事がわかります。

フトマニとは、太古の昔に日本にあったカタカムナ文明の思想で、男女のエネルギーの統合を表すものです。

さらに続・日月神示では「二十○二が分からんと九代は使いこなせん」と続いていますね。

九代はクシロと読みます。

クシロが何なのかは、続・日月神示の、以下の文章から推測ができます。

日月は二十○二じゃ。二十○二はいじってはならん。

神でもいじれないものを何故いじろうとする。

その働きを現象として出しておる。現象は二十○二でもって解釈せよ。

これが九代(クシロ)じゃ。

九代は色々な所で現れおるから解釈結構。

その場その場での御魂の掃除程度に写って来るぞ。

解釈とはそういうもの、あくまでも現れじゃ。

二十○二は法則、神でもいじれぬものをいじろうとする試み、破綻するぞ。

まして穴倉の中、逆さまに写るぞ。

二十○二は二十○二としておけ、解釈は働きぞ。

二元を真釣ってこそ働きがわかる。

真釣らいで分かるものではない。

肝に命じておく九十肝心じゃ。

火水は土台じゃ。土台大切にせよ。足元からトリ立っても知らんぞよ。

三次元は二元性の世界です。

あらゆる現象は陰陽の働きであり、フトマニであり、この法則は神でも乱す事ができません。

(これを乱すと三次元が成立しないからだと推測します)

クシロとは、陰陽統合の結果であり、完全調和の現れではないかと推測します。

そして先の「二十○二が分からんと九代は使いこなせん」という記述から考えるに、陰陽統合エネルギーの応用こそが、次の世界の科学になるのではないでしょうか?

以下の抜粋文にも、この推測の根拠となる記述があります。

ますますもって一八十の中に入ってどうする。出産真近かぞ。

一八十の中でぬくぬくと育っておいて、外へでたら世間の風は冷たかろう。

なれど神の中に入る勇気大切じゃなあ。

一八十の外は神・人ぞ。

一八十内では恐怖と写るが、出れば極楽じゃ。

三六九代と伝えてある。

今、九九が三六九代じゃ。

三六九代(ミロクヨ)、日月神示でいう「弥勒の世」ですね。

陰陽エネルギーを応用し、自然と調和した未来科学でクシロを発生させるのが、弥勒の世なのかも知れません。

自分の主人は誰か

すっかり続・日月神示の話題が多くなってしまいました。

話を火水伝文に戻します。

今回読んだ分で最も印象に残ったのが、以下の一連の教えです。

抜粋しながら解説していきたいと思います。

〔我〕に元々善悪は無いのであるぞ。

双方〔我〕を律し切れぬが困でござるよ。

双方ご自身の真中を知らぬが由の不手際にござるよ。

汝等皆々〔我〕を空しゅう致されて〔我〕を律するお力、持ちて居るではござらぬか。

なれど汝等今今は〔我〕に首輪をかけられ居るを知りて居るか。

主従が逆様になりてござるぞ。

「我」とは自我(あるいはエゴ)、「汝」とは意識のことです。

本来、自我というものには善も悪もなく、我々が思っているよりもはるかに薄っぺらな存在のようです。

そして多くの人間は、自我が主人になり、意識がそれに従っているとのこと。

もともと〔我〕は汝が真釣れば、一如に和し真釣る響きにてはあるが、〔犬〕の如く自らの真中の響きの固持に忠実な響きでござるから、汝が《身欲》を基の『あやま知』に囚われ、汝の真中に《身欲》を据えて居らるれば《欲》の響きと共鳴り致すも道理でござろう。

自我が主人になってしまった理由は、支配層の策略にはまり、肉体的な欲望にとらわれてしまった結果であるそうです。

自我というのは犬のように忠実なものだから、人間が肉体欲に絶対的な価値を見出すと、自我は肉体欲を主人と認識してしまうのです。

汝等がそのようなザマであるから〔犬〕は知らず《欲》に使われ居るのぞ。

《欲》を操る《身欲》者どもが〔犬〕に命令を下し居るのぞ。

主に忠実な〔犬〕は〔我〕に命令与えあるを主ざ思う由、《欲》の言いなりになりて居るのじゃ。

これ解かるか、汝のマコトの真中で無き者が、犬なる〔我〕を使うて汝を動かし居るのぞ。

ざから首輪が逆になりて居る申して居るのじゃ。

汝は気付けず、引きずり回される居るも解からぬのじゃ。

情け無き申しても余りであろうが。

肉体欲を主人とした自我は、支配層に誘導されるがまま暴走し、意識は自我に引きずり回されているそうです。

人間は本来「霊主体従」であり、意識が自我の主人であるはずなのですが、現代人の多くは「体主霊従」になってしまっているんですね。

《欲》を抱き参らせた〔犬〕自らが主ざ思う様になりては、自ら求むるものなれば、どんな欲にも手を出すぞ。

そに善悪の判断は無いのじゃ。後先の事も無いぞ。

総て《我善し》力で押し通す様になるのぞ。

こが『あやま知』操る者どもが、汝の《身欲》に入り込み、汝の真中を占拠して《欲》を使いていと易く、汝の〔我〕を手なずけて、典我欲》と組み成し動かして《我善し》力で得る事が、正しき如くに調教致し参りた果であるよ。

現代社会は人間の肉体欲を誘導する手法で、庶民をコントロールしています。

貪欲なものほど善も悪も関係なしに、「自分さえよければいい」として、手段を選ばず欲望を達成しようとします。

政治家などはこの典型ですね。

そしてこの仕組みを先導する支配層は、肉体欲に忠実であるほど上位に登れるような社会システムを構築しました。

貪欲であるほど支配層にとっては操りやすく、手駒にしやすいからです。

今様の人民様の飼い犬にありては、なまなかな事で聞くような〔我〕にてないから、人民様自ら手厳しくキチリ調教致さねば、三歳苦難のタテカエで、人民様の真中とこの方が、成敗するしか無かろうが。

飼い犬の成せしメグリの責総て、主にござる皆々が、自ら背負うは今今に、伝え知らせあるなれば、よもや不服はなかろうまいぞ。

なれどこの方は汝を酷き目に合わせとうは無いので有るから、早う調教致して下され申すも解かるでござろうが。

思い当たる方は改心しましょう。

としか言えません。

人民様、今今は他人のマコト無きをなじりて居る時には無いぞ。

自らの足元を真先に正さねばならぬ時に入りてごぎるのぞ。

我欲に負けるで無いぞ。我は汝の臣下にてはござらぬか。

汝が早うマコトをタテワケて、善き臣下と成しくれよ。

二極の真中を見極め、三真釣りを行えば、真我の意識を取り戻すことができます。

肉体欲から自我の手綱を奪い返し、真我でもって生きることが重要です。

以上は日月神示の教えと重複しているのですが、「犬」の例えや「三真釣り」の教えと合わせて読んでいると、理解の度合いがだいぶ違いますね。

まだまだ書きたい事はあるのですが、ちょっと長くなりすぎましたので、今日はここまでにします。

火水伝文を読破したら、続・日月神示と合わせて、まとめ記事でも書くかもしれません。

そのくらいの奥深さが見えてきました。

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