常識の洗脳による偽りの恐怖を見破りましょう

直感に従い、今に集中する生き方を初めて12日が経過しました。

この12日間、仕事をせずに生活していましたが、そろそろ収入を得るための行動を起こしても良いかな?という気持ちが湧いてきました。

一区切りという事で、今日までの生活で得た気づきを記事にしてみます。

スポンサーリンク
広告336×280

現代社会は恐怖で出来ている

12日間お金を稼がずに生きてみて、心底わかった事があります。

それは現代社会が恐怖をベースにして構築されているという事実です。

果たしてこれを上手く説明できるか自信がありませんが、解説してみます。

生きるという事は、お金を稼ぐ事とイコールではありません。

本来、人間が生きる事のハードルは非常に低い。

動物よりも頭が良いですから、自然の脅威なんかも余裕で回避できます。

平地に住んで、雨風しのいでいれば、楽勝で生きていける筈です。

この事実を、現代人は完全に忘れ去っている。

いや、忘れているのではなく、そもそも教わっていない。

生きる事は大変だ!自然界は弱肉強食だ!現実は厳しい!

このようなネガティブな教えは腐るほど受けていますが、その反面、生きる事のポジティブさは全く教わっていません。

つらくてもくじけず明るく前向きに生きていけば報われる、というようなポジティブさは教わっていますが、これってそもそも「生きる事は辛い」という前提のうえでの教えなんですよね。

なんなのでしょう?

この「ポジティブ=逆境に負けない心」という図式は。

これはスポーツで言う所の根性です。ポジティブとは違います。

全然違うのです。

私はこの12日間、労働をせず、直感に従ってお金を稼がない生活を送ってみました。

その結果、決定的な事が分かりました。

働かない生活には恐怖がありません。

労働しない事に対する不安には定期的に襲われましたが、不思議と生活全般に対する恐怖からは解放されました。

労働の根底には恐怖がある

会社に所属して労働を行なう生活には、恐怖が満載です。

やりたい仕事をやっている方は希少です。

大抵の方はやりたくない仕事をし、多くの責任を背負わされています。

自分がやりたくもない事をし続けるのは相当なストレスです。

このストレスに耐え続ける事が、立派な社会人であると、一人前の大人であると、教わっています。

耐え続け、成果を出し続ければ、家族に、周囲に、社会に、仲間と認められます。

仕事でミスをすると厳しく追及され、自己のアイデンティティが揺らぎ、恐怖が生まれます。

このミスを周囲の仲間と協調してフォローしあい、信頼関係を構築して安心します。

1ヶ月の労働を終えれば収入を得られます。

収入からは税金が天引きされ、そこからさらに家賃などの生活費を支払います。

残金が十分な額でなければストレスが溜まります。

テレビなどの広告メディアでは、事故や病気の不安を煽ります。

もしもの事態を考慮すると、現在の収入額では安心して生活できないと感じてしまいます。

出世や副業など、収入の増加を模索し始めます。

わかりますか?

全ての労働の根底には不安や恐怖があるのです。

不安や恐怖を避けるために、ストレスに耐え続ける事が、現代社会の「立派な社会人」の定義なのです。

恐怖は幻想

我々が今すぐにでも取り掛からねばならない事は、労働ではなく、恐怖に向き合う事です。

この恐怖とは一体なんなのでしょう?

それは、社会から弾き出される事です。

群れで生活する人類にとって、群れから離れる事は根源的な恐怖なのです。

もし群れから離れたら、社会から弾き出されたら、その人間は死あるのみなのでしょうか?

社会不適応者はホームレスになるしかないのでしょうか?

違います。ぜんぜん違います。

実際ホームレスにインタビューしてみると、彼らのほとんどは好きでホームレスをやっていると言います。

一度この自由を覚えたら、元の生活には戻れない、と言います。

仮にホームレスの方々が本気で文化的な生活を送ろうと思ったならば、日本政府の方針に交わらず山間部を流れて暮らしていたかつての「サンカ」のように、自由に生きる術はいくらでもあるのです。

そういう生活をしないのは結局、都市の隙間で生活するほうがよっぽど楽だからでしょう。

また、働かない若者を「ニート」として社会問題にしていますが、彼らはホームレスにはなっていません。

あまり知られていませんが、近年のニートは、アフィリエイトやFXなどで収入を得ています。

親のスネかじりで生きている方もいらっしゃいますが、この方々もやる気さえあれば引きこもったままで十分収入を得られるのです。

それをやらないのは、実際やらなくて良い環境にあるからです。

わかりますか?

「社会不適応=破滅」というのは一般常識による洗脳です。

社会に適応しなくても生きていけます。

むしろ安全で快適なのです。

我々が潜在的に抱えている恐怖は、教育によって植え付けられた幻想です。

成功者が非常識なのは何故か

逆に言うと、社会に適応していても一般常識の洗脳から脱していれば、社会的に成功できると推測されます。

たとえば搾取構造の上辺にいるブラック企業の取締役などは、悪い意味で一般常識がありません。

ホワイトな企業の取締役にも、常識を無視した型破りさがあったりします。

政治家もそうです。

芸能人もそうです。

よくよく考えてみると、社会的に成功している人ほど非常識ですよね。

なぜでしょう?

常識とは、奴隷洗脳なのです。

常識に従うという事は、常識に支配されるという事なのです。

悪党ほど常識を熟知する

ネットで有名なコピペに、沈没船ジョークというものがあります。

様々な民族の人が乗った豪華客船が沈没しそうになる。それぞれの乗客を海に飛び込ませるには、どのように声をかければいいか?

アメリカ人に「今飛び込めばあなたは英雄ですよ」

ロシア人に「海に落ちたウォッカの瓶はあなたのものです」

イタリア人に「美女たちも泳いでいますよ」

フランス人に「決して海には飛び込まないでください」

ドイツ人に「規則ですから飛び込んでください」

イングランド人に「イングランドが優勝しました」

スコットランド人に「スコットランドがイングランドに勝利しました」

中国人に「金塊が沈んでいるそうですよ」

日本人に「みなさん飛び込んでいますよ」

韓国人に「日本人はもう飛び込んでいますよ」

このジョークは非常によく出来ています。

各民族の性質さえ覚えておけば、自発的に海に飛び込ませる事ができる訳ですね。

社会で成功している人もこれと同様で、常識の逆をやることで、誰も試みなかったアイディアを実現したりしています。

悪党などはそれ以上です。

一般人の上前をはねるために、常識を熟知し、常識の枠から出られない一般人の性質をとことん利用しています。

陰謀論では、一般常識は支配層が民衆を支配しやすくするために考案したもの、と言われています。

ですが陰謀論など抜きにしても、現実としてブラック企業のやり口などは、労働者の常識につけ込んだ卑劣な手段であると言えますね。

労働基準法を無視している相手に対して、責任を感じる必要など無いというのに、多くの人が真面目に対応して奴隷に成り下がってしまっています。

群れから離れた方が安全

今の生活が苦しい方は、思い切って常識を捨て、群れから離れてみる事をお勧めします。

ここ数日、直感に従ってみて分かったのですが、恐らく群れから離れた方が安全です。

お金が無ければ生きていけない!と思われる方も多いでしょうが、そこはちょっと違うのです。

他人はお金をくれませんが、ご飯とかは意外と気前よくくれたりします。

なぜでしょう?

結局みんな、お金の存在が負担なのです。

お金の価値が重くなりすぎているので、お金に関して神経質になっているのです。

お金を奪われるのは、生活を切り崩すのと同一の価値観になってしまっています。

そういう常識なのです。

恐ろしい事ですが、衣食住よりもお金の方が価値が高いのです。

それは幻想なのですが、そういう常識なのです。

常識を捨て、お金中心の価値観が支配する世界から離れてみれば、わりと生きやすい世界が見えてきます。

お金は感謝の代わり

以前に「お金は感謝のエネルギー」というチャネリングメッセージの記事を書いています。

今回の経験で、このメッセージに対する認識が少し変わりました。

確かにお金は感謝のエネルギーっぽい気がしますが、現実でのお金の使われ方が、思っていたのとは少し違うように感じました。

実際は、感謝の代わりにお金を使っている。

お金さえ払えば、感謝する必要のない社会になっています。

さらに言うなら、現代社会におけるお金のエネルギーは、自由の対価になってしまっている。

お金を払って自由を得ている。

だから、お金が無いと不自由になると、みんな思っている。

私もそう思っています。

でも本当は、お金がないと不便なだけで、不便を受け入れれば自由になれる。

そして本来、お金は感謝のエネルギーだといいます。

あらゆるものが複雑化され、本質から離れてしまっています。

この歪みを解消し、意識をシンプルにする事が、常識に縛られずに社会へ適応するための鍵のような気がしています。

今日の記事はここまでにします。

4+
スポンサーリンク
広告336×280
広告336×280

シェアする権利が与えられます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローして、どうぞ

関連コンテンツ

関連記事