自分の意志を放棄してはいけません

引っ越しとかが思いのほか忙しく覚醒実験とかできていません。

というか覚醒体験は、これちょっと無理かなーって思いつつあります。私自身の興味というか意識が、そっちの方向にいかなくなっています。

そんな中ひさしぶりに、大いに触発されるメッセージを頂きました。

以前も紹介させて頂いたCrystalChildrenBlog様の、こちらの記事です。

現実は誰かの思考から生まれる1 〜争い、チャネリング(霊媒)編〜豊雲之神


争いのある現実の世界は、

元を紐解くと、ある人間の思考から始まるのじゃ。

誰か一人が、何かの対象に対して、
嫌だ、許せない、憎い、争いの相手の言動、思考、行動を自分は理解できないことを
エネルギー的に怒りの感情にしたから、

争いの元が現実世界に現れて来るのだ。

そして、その争いの元は、似た思考のエネルギーを引き寄せる(呼びよせる)ので、

その思いに賛同するメンバーが引き寄せられていき、
次第に集団化する。

そして、誰か一人の思いの元が、何倍にも膨らんで、
起きるのが、デモや、抗議集団である。


紹介させていただいた記事の内容とはズレてしまいますが、この「一人の思いが元で現実が始まる」というメッセージ。

この仕組みを知っている人間達が、先んじてこれを封じ込めたのがこの現代社会と言えましょう。

思考の現実化は誰しもが持っている能力です。

それなのに何故だれもが思い通りにいかないのか?

現実は自分だけのものではないからです。

この当たり前の考え方がスピリチュアル界には抜けている。

このブログを読んでいるあなたの現実と、私の現実は、全くの別物ではありません。

わずかであろうとも確実に共有している部分があります。

ネット上の繋がりしかない他人同士ですら現実を共有しているのです。生活圏の重複している人間ならば、もっと多くの現実を共有しているでしょう。

それはいい。それ自体は問題ない。

問題なのは他人を思い通りに操作しようとする邪悪な意志です。

みんながみんな、それぞれがそれぞれ、「あいつがいなくなればいいのに」とか「俺のかわりにあいつがやればいいのに」とか、そういう事を、ほんの少しずつ思っています。

みんなが少しずつなので、そういう意識は打ち消し合って現実化しないのかもしれません。

ですが、誰かが意志を放棄したら?

自分が自分であろうとする意志を、自由に生きようとする意志を、放棄したら?

放棄していない人間の意志が通りますよね。

行き過ぎた資本主義、経済偏重の人間ピラミッド奴隷社会の霊的現実がまさにこれです。

他人を操作しようとする意志が社会システムをがっちり造り固めてしまっている。

厳しい現実にうちのめされ、自由に生きようとする心を奪われ、自分を殺して生活のためだけに生きる人のなんと多いことか。

これは支配者層による回りくどい暴力です。

自分の意見を通すために相手を殴りつけ無力化する行為と等しいものです。

相手を無力化するプロセスを社会システムへと取り込むことにより、自動的・永久的に相手を殴りつける事を実現したのです。

私はこれが、昔っから、歯ぎしりするほど気にくわない!

私は、他人に操作されることが、死ぬほど嫌いなのです!

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